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永徳寺縁起

永徳寺前景

永徳寺は、14世紀末、永徳2年(1382)に伝光上人によって開創されました。真言宗小野密教の寺で、開創された年号にちなんで永徳寺と号されました。

16世紀前期、天文の頃(1532〜1554)には、国主尼子氏の祈願所として、八十坊を擁した大寺院でしたが、毛利との戦いで、元亀2年(1571)高瀬城落城により、永徳寺も兵火によって衰運したといわれています。なお、永徳寺の御本尊は十一面観音菩薩(室町時代作)ですが、高瀬城下の永徳寺の危をいち早く察し、大社へ本尊を移して庵寺永徳寺をつくり、お守りしたのが宇屋平左衛門と伝えられています。


参道に並ぶ永徳寺型灯篭

その後、永徳寺は万治3年(1660)藤原家次・原孫兵衛なる者本願にて 再創建され、崑山和尚が 元禄2年(1689)に住職となりました。永徳寺が名 刹と目されるようになったのは、四世葦津和尚の功労によるものが大きいと云われています。葦津和尚は、駿河の白隠禅師のもとに参じ、十哲の一人とうたわれ、「東の白隠・西の葦津」と呼ばれるほどの名僧でした。その葦津和尚を慕い、永徳寺には、松平宗衍公、池野大雅などが訪れています。永徳寺の山号「亀鶴山」(本堂向拝金箔押大額)、葦津和尚室号「龍淵」の扁額は、池野大雅の筆です。永徳寺は現在、境内地三千坪を有し、参道の20基の灯篭は当山を起源とする「永徳寺型灯篭」となっています。

妙心寺開山無相大師650年記念
 
永徳寺落慶法要は2014年3月29日檀信徒200名が真新しい山門を通り本堂で大般若経のお勤めのあと、参詣者が梵鐘を撞いて賑わった。

落慶法要行列
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